サユールイトシロ栽培基準

ここでは『農園サユールイトシロ』での栽培に関する具体的な方針や方法を記しています。

基本的な姿勢として第1に栽培する側(農家)も食べる側(消費者)も、双方が安全で健康でいられるような野菜栽培。第2にそういった野菜栽培を永続的にできる営農をする。突き詰めればこの2点のために以下のような方法を実施しているといってもよいかと思います。

無肥料無農薬栽培、あるいは自然栽培でも無施肥無農薬栽培でもよいのですが、それらはあくまで方法であって、それを実施することが目的ではありません。しかし、言い方を代えると、上記の2点を目標とするための現在考えられる最良の方法が無肥料無農薬栽培自然栽培、といえると思います。

以下に記している内容は現在の当農園の見解です。しかし今後より良い方法を知りえたり、あるいは止む得ない事情が発生するなどによって、内容の変更をすることが考えられます。その際は当サイトでもその旨報告はいたします。

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  1. 農薬について 

  2. 肥料について 

  3. 堆肥について 

  4. 微生物資材について 

  5. 雑草について 

  6. 被覆資材(マルチなど)について 

  7. 不耕起(および耕起)について

  8. 育苗について 

  9. 種について 

  10. 栽培管理について 

  11. その他資材について  

1: 農薬について

 ・・・ 農園スタート当初(20054月)より一切の農薬と呼ばれるものは無論、一般には無害と呼ばれる天然素材から抽出したと言われるような資材(木酢液、ニーム液など)も一切使っていません。

(補足) なぜ使わないのかという理由の前に、この間の実績について若干の説明をします。虫害についてはやはり葉物野菜にはいまだに虫がつきます。このために出荷できなかった野菜も多くありました。これは特に春~夏の野菜に多いです。ナス、ピーマン、ズッキーニなどの果菜には当初よりほとんど虫害についての被害はありません。しかしトマトなどでキリウジやヨトウムシの食害にあうことはありました。しかし全体的にダメージを受けるほどはなく、収量に多大な影響を与えるほどではありません。アブラムシの害も、発生率はナスなどで全体の0.2%ほど。全体に蔓延することはありません。

病気については特にトマトの灰カビや葉カビなどの病気が毎年発生します。こういった病気によってはほとんどダメになってしまうようなことも近年は出てきています。うどん粉病についてはトマトやウリ科の野菜にはつき物ですが、毎年ほって置いてもどれもがそのうち治まってしまいます。

以上のことはありますが、現在までこのような状況での農薬の必要性は感じません。もちろん葉物野菜での食害が多いのは事実ですが、現在の当農園で葉物野菜の占める割合が小さい(それは意図的に小さくしています)ので、営農の上でのダメージは最小限に収まっています。品目がすべてダメになってしまうような場合は確かに困ってしまいますが、それを薬で防ぐとすると、発生する前に予防的に使うということになりますが、それでは薬を使うことが前提になってしまいますしそもそもの解決の道筋とは思えないので、やはり使わないということになります。

もちろん、農薬は使いたくはないから使っていないというのもあります。しかしながらもし、農薬を使わないことによって作物の品質や収量が大きく減ってしまうようではこれも問題です。結局のところ、「農薬を使わなければならない状態とはどういうことか」、そして「農薬を使わないようにするにはどうすればよいのか」というところから解決していく必要があるのです。病気にせよ虫害にせよ、発生するには何か原因があるはずです。農薬を使って解決してしまうとその原因が見えなくなってしまいます。

「農薬を使わなければならない状態」とはつまり病弱である状態、または虫に食べられやすい状態といえます。虫に食べられやすい状態とは決して「虫が食べるほどおいしいから」ではありません。病気になったり、虫に食べつくされてしまうということはその環境では生きていけないということです。本来これは自然界の食物連鎖の中ではありえないことです。

自然界(という言葉があれば、ですが)に存在する食物連鎖は非常に繊細なバランスの上に成り立っていますが、同時に独自の自浄作用も備えています。そのバランスが崩れかけても、その自浄作用によって正常な方向へバランスをとっていきます。

病気になる、あるいは虫に食べられるという現象はその「反自然的」ゆえに、自然のもつ自浄作用によって淘汰されていることをあらわしているのだと思います。

つまり先ほどあげました「農薬を使わなければならない状態」とは「自然界では本来淘汰されなければならない状態」ともいえるでしょう。そのような野菜は自然の恵みという言葉はそぐわない気がしますし、さらに農薬を使ってしまうということは二重の意味でよくないことだと思います。

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2: 肥料について

 ・・・ 農園スタート当初(20054月)より一切の肥料と呼ばれるものは投入していません。ここで言う肥料とは「化学肥料」「有機質肥料(動物性・植物性問わず)」とともに、米ぬか、油粕なども含みます。JAS規格に適合しているものであっても使っていません(そもそも有機JASの認証は取っていません)。いわゆる土壌改良剤といわれる、石灰やアルカリ資材も使っていません。生ごみ堆肥や下水汚泥から作られたような資材も同様に使用していません。

(補足) 肥料を使わない最大の理由は、その方が「おいしい」からです。無論、肥料分不足で生育不良の野菜などはおいしくないです。しかし、余分な肥料分が植物内に残っていないバランスの取れた野菜はとてもおいしい。ですので、前提として肥料を施さなくてもバランスの取れた生育ができるということになります。

肥料を使わずに本当に作物が育つのかどうかという問いについては言葉での説明を受ける前に実際に畑に来て見られることをお勧めします。実際に食べていただければもっとよいと思います。百聞は一見にしかず。 

これは良くある誤解なのですが無肥料栽培というのは『肥料分が必要ない』という意味ではありません。人為的に『肥料分』を土の中に投入しない=施肥をしない、ということです。そうすることによって土は本来のバランスと機能を取り戻し、自然の摂理に従って作物が育つのです。山々の木々のように。

肥料を土に施すこと、施肥による障害、あるいは施肥をしないことによるメリットはまだまだ一般的に知られるところでないため、それを書き出すだけでかなりの内容になってしまいます。それは今後の課題としましてここでは一例として無肥料栽培からみた有機栽培について記します。

無肥料栽培は世間一般では有機栽培に近いイメージをもたれていると思われますが、有機栽培も肥料を入れる=施肥をする、という点については化学肥料を使ういわゆる慣行栽培と同様で、施肥という観点で見れば無肥料栽培と有機栽培は対極にあります。

これも一部ではまだ誤解がありますが「有機栽培」は必ずしも「無農薬栽培」を意味するものではありません。有機栽培という言葉を使用できるのは農林水産省による有機JASの認定を受けた農産物や農産加工品のみになるのですが、その条件の中には使用の認められている農薬もいくつかあります。同様に肥料についても”天然物質または科学的処理の行われていない天然物質に由来するもの”という条件付でかなりの種類の材料の使用が認められています。

参考・・・有機農産物のJAS規格(PDF39KB  (農林水産省HP/有機食品の検査認証制度より)

そうは言っても多くの有機栽培農家が無農薬を実践していたり、そこを目指しているのも知っています。確かに有機栽培農家といわれる方の中でも非常に良い作物を栽培されているでしょうが、しかし一方で多くの有機栽培農家が農薬を使いたくないために多大な労力を使って人手で虫を取って回っている現実もあるわけです。少しでも安全性が担保された資材を使った有機肥料を使おうと努力もされています。しかし本当に安全性の担保された有機資材というのは非常に限りがあります。それゆえ近年はそういった資材費も高騰してきてしまっています。

農薬の項の続きになりますが「自然界では本来淘汰されなければならない状態」である「農薬を使わなければならない状態」になる原因は複数あるわけですが、施肥、特に過剰施肥は大きな要因になります。化学肥料が即効性があり、土壌との親和性が低いため容易に流出してまうのに比べ、有機肥料は(有機質であるがゆえ)遅効性で、かつ土壌との親和性が高いため残留しやすい、つまり未分解の有機質が年々蓄積してしまいます。このことから安易な有機肥料の施肥が後年には過剰施肥を招いてしまうという指摘もあります。

有機肥料の施肥をするというのは非常に高度な技術を要すると思います。日本では1970年代初頭から有機農業の”運動”が始まりました。それから40年近くたちますがその年月ほどには広がりを見せなかったのはその「難しさ」も大きく原因していたのではないかと思います。

肥料を施して作物の生育を促す、というのは自然の力を人為によってコントロールするという発想につながっています。自然の力をコントロールすることはできません。有機栽培が難しいのは結局ここに原因があるのではないでしょうか。

無肥料栽培では肥料も堆肥も施さないのが前提です。人為的に何かを土に入れることは基本的にしません。それはおのずと栽培のなかで人為の施せる場面が少なくなることを意味します。そこでは自然の働きを見て、観察し、学び取り、それを生かしていくというやり方こそ最良の方法と気づくことが出来ます。

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3: 堆肥について

 ・・・ 農園スタート当初(20054月)より動物の糞尿が主な原料である厩肥も、植物性材料が主なの原料の堆肥も投入はしていません。腐葉土のようなものも使いません。入るのは畑の中で自生した雑草、およびそれを刈り取ったものと栽培作物の残渣のみです。圃場内で生産されたもの以外は意図的に投入することはしていません。

(補足) 特に有機質資材の場合、肥料と堆肥の区別は時にあやふやになります。肥料と同様の理由で厩堆肥を入れることはしません。しかし、本来の堆肥の目的でもある圃場の物理性を良くすることは自然栽培では特に重要です。肥料という外的要因に頼らない以上、土と植物自体の能力が最良の形で発揮されなければいけません。

当農園の場合では特に4年目での土の変化が大きかったように思います。特に堆肥をほどこすでもなく、むしろ残渣や雑草などは持ち出す量の方が多かったのですが、それまでどちらかというと重くこねたような感じの土目がそれほど重く感じず扱いやすくなりました。団粒化してきたという感じでした。

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4: 微生物資材について

 ・・・ 微生物資材は使っておりません。もちろん圃場内に自生しているだろう多くの土着微生物はいると思います。土壌改良や土壌発酵を目的として意図的に微生物などの資材を投入することはしていません。

(補足) 当農園では微生物資材は使った経験がないため、その経験的な評価をすることは出来ません。しかしながら実施経験者のお話やいろいろな文献などでの話を聞いた限りですが、あえて使う必要はない、と判断しています。現在程度の収量や品質が得られれば、あえて圃場外部から微生物という”よくわかっていないもの”の力を借りることはない、ということです。

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5: 雑草について

 ・・・ 当農場では除草はしますが、そのために除草剤などの薬剤などを使うことは一切いたしません。使うのは刈払い機か鎌などでの手作業になります。除草の必要性がない場合は行いませんが、たいていの場合は適度な除草は不可欠です。

(補足) 草は実際には適度に生やしておく状態を維持することは極めて難しい。特に夏の収穫の最盛期は一番雑草の成長も早いため、その後の栽培管理にも悪影響がでることがしばしばあります。うっかりすると生育途上の作物が雑草の中に埋もれてしまい、それが生育に悪影響を与える場合も多い。

草とは上手に付き合っていきたいですが、非常に厄介な存在であることも事実です。

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6: 被覆資材(マルチなど)について

 ・・・ 当農園では多くの品目の栽培にポリ・マルチのような被覆資材を使います。目的は雑草対策と地温確保です。マルチはたいていの場合1年で廃棄されます。廃棄方法は34年おきに農協の行う農業用廃プラスティック処理事業に依頼します。

(補足) 現在の規模の圃場を管理していくには現在のようにマルチを利用しなければ雑草処理が間違いなく追いつかなくなっているでしょう。そういった意味でもマルチは必要不可欠な資材となっています。

しかし、同時にマルチをすることによるデメリットについても意識せざる得ません。経費もさることながら毎年発生する廃マルチの処理などは悩ましいところです。

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7: 不耕起(および耕起)について

 ・・・ 基本的には全て耕起します。耕起が不要と判断した場合はその限りではありませんが、いわゆる不耕起栽培を目指してのものではありません。

(補足) 不耕起栽培については否定する要素はありません。それで上手く栽培できるのであればそれに越したことはない、と思います。

ということは当農園では、現在のところ不耕起栽培では上手くいかないという結論にあるということです。では仕方なく耕起しているのか、といえばそうではありません。耕起をすることによる良い部分も沢山あるからです。これはケース・バイ・ケースで進めていけばよい事案です。

例えば、「自然栽培」という言葉を見て相反する言葉一緒になっていることに違和感を感じる、という意見があります。「栽培」というのはもちろんこれは人的行為です。では「自然」は人的行為とは相反する対象なのか?日本の「里山」を例にとって考えて見ます。

「里山」は言ってみれば人間の生活スペースと自然界(この場合は山)の共有地のようなものでしょう。人は山に入ることで食料や薪、そのた生活物資を得ることが出来ます。と同時に、山の自然環境がより豊かで永続的に維持できるよう「手入れ」を続けてもきました。そのことで人と自然界は上手く共存してきたのだと思います。その「手入れ」の方法や程度は自然とのバランスを保つことに常に留意していたでしょう。

「自然栽培」とは自然の動きを尊重し、学びとった中で栽培という行為の中で自然の力を如何にして引き出すことが出来るかが大切です。必要と判断すれば除草もしますし、耕起もします。

「自然」とは人のまったく介入しない世界ではありません。なぜなら人もその自然の一部に過ぎないのですから。

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8: 育苗について

 ・・・ 果菜類などの多くは育苗の後、定植します。全て種蒔きから始め、自根苗です。苗を購入するのは現在ではサツマイモのみです。育苗土については自家製堆肥を1/3に畑の土を2/3ほど混ぜて準備します。ここでいう自家製堆肥とは圃場なでできた有機物(野菜の残渣、雑草など)を畑の一角に2,3年積んでおいたものが自然に土になったものを指します。

(補足) 望むところはすべての育苗度を自家製堆肥でまかないたいところなのですが、準備する苗の数量に対し堆肥のほうの絶対量が毎年足りないため、畑土で補っているというところです。

よく聞かれる質問に、畑ででた残差や草の処理方法についてですが、そのまま畑に漉き込むことはしませんが、堆肥にして(実際はほとんど土になった状態にして)それを育苗土という形で土に戻す、という方法で処理をしています。当地は気温が低く、夏場以外は微生物の活動も温暖地と比較するとゆっくりなので、有機物の分解も遅くなります。安易に土の中に投入しても分解するまでの時間がかかりすぎ、そこに作付をすると生育に障害がでることもあります。

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9: 種について

 ・・・ F1品種、固定種、自家採取種などを使っています。詳しくは栽培品目・品種一覧および詳細を(*ただいま準備中です)ご覧ください。

(補足)一般に自然栽培と自家採取は非常に親和性が高いと言われます。自家採取の種は購買種子より自然栽培に向いている、というわけです。さらにF1、および交配種と呼ばれる種はそもそもの設計に施肥を前提に育種されているものも多いため、無肥料栽培ではよい生育結果を示さないのに対し、在来種、および固定種と呼ばれる種は生命力が強いため、無肥料栽培のような環境にも適しやすい、といわれます。

当農園では上記の通り、F1交配種も固定種、さらには自家採取種(F1品種が原種のもの、固定種が原種のもの、どちらの場合もあります)のももありますが、あくまで現在までの経験上での意見ですが、F1交配種と固定種、および自家採取種のあいだで生育上の優劣は特に感じません。むしろF1交配種のほうが形質のばらつきが少ない、収量が多いなど、従来からのF1品種の特性が発揮されている場合が見られます。

なお、交配種(F1品種)からの自家採取は、F1種そのものの特性(特性の異なった品種を掛け合わせたもの)のためそこから種採りをしても、品質や特性にかなりのバラつきが見られるのが普通ですのでそこからある程度の自家選抜を繰り返さないと安定した性質、特性を得られませんし、最終的に本来望んでいた特性を残せるかどうかもわからない、難しいものだとも思います。当園でもF1からの自家採取を繰り返しているものもありますが、採取の数年は実験の域を出ません。ある程度品質が安定してきた(=固定化できた)と思えるまでは出荷用の作付けは手控えます(* 現在F1品種から選抜して固定化した品種は使っていません)。

こういったF1品種の利点も認めつつも、当農園では自家採取品種を増やしています。

まず単純なことですが、自家採取した野菜には特別な愛着を覚えます。一生を見てきた野菜から生まれた新しい命と毎年毎年付き合っていくわけですから。自分の気に入った野菜ならばなおさらです。

また同じ土地で自家採取を繰り返すことによってよりその土地の条件になじむだろうと考えています。このことが無肥料栽培にはとても重要なのでしょう。土の持つ本来の能力と同じように種にも本来兼ね備えている生命力を発揮させるのは、それ相応の条件も必要になってくると思います。

そして購買種子には種子消毒が施されていたり、採取地での栽培方法がわからないということがあります。

さらに現在は遺伝子組み換えの問題もあります。遺伝子組み換え技術の一番の問題点は本当に問題がないのか、確信がもてないということです。現在の世の中の趨勢は消費者レベルでは拒否感が強いにも関わらず、農業の現場では毎年作付面積が世界規模で広がりを見せています。

現在種苗業界も大きな世界的再編の波に巻き込まれ、その中で一握りの多国籍企業、しかも元は除草剤や遺伝子組み換え作物の研究開発・販売を行っている科学薬品系企業による寡占が進んでいます。

言うまでもなく種は生命です。その命の設計図(遺伝子情報)に私有の権利という概念を持ち出して企業による知的財産を主張するような考えに対峙する意味でも、農家による種の保存と自立は必要です。自家採取には共有財産の維持という側面もあると思います。

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10: 栽培管理について

 ・・・ 自然栽培だからといって特別珍奇な栽培をしているわけではありません。畑の様子や農作業を見ていればなんら普通の農作業の様子と変わらないように見えると思います。 栽培管理の方法の基本となるものはあくまで一般的に言われているやり方です。その中で当地の気候風土やそれぞれの圃場の持つ物理的特性など考慮しながらよりよい方法をみつけだしていこうとしています。

(補足) もちろんですが、施肥栽培を前提とした一般的な栽培方法をそのまま同じように適用することは出来ません。特に自然栽培においては初期成長がゆっくりしていることが多いので播種時期や収穫時期も変わってきます。そのあたりはやはり地域ごと、あるいは圃場ごとに違ってくるので経験でしか判断できません。

肥料という、生育にとっての外的要素を用いないので、それ以外の自然内にある要素を最大限生かさねば少なくとも施肥栽培のような収穫量を上げることは出来ないと思います。

実際のところは日々の作業量に流されることが多く、なかなか立ち止まって観察するような時間を取れません。それでも野菜はある意味こちらの思惑関係なしに成長していってくれます。

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